映画では、マリアとゲオルク・フォン・トラップ(映画ではトラップ大佐)が結婚するのは1938年の亡命の直前です。実際には、2人はすでに1927年11月26日、ザルツブルク旧市街を見下ろすノンベルク修道院(Stift Nonnberg)の教会で結婚していました。サウンドオブミュージックの実話、つまりトラップ一家の本当の物語と、映画との違い、そして冬のザルツブルクで今も見られる場所をまとめました。

トラップ一家とは? トラップ一家は、1930年代から合唱団として舞台に立ち、1938年にオーストリアを離れたザルツブルクの一家です。マリア・フォン・トラップが書き残した一家の物語が、ミュージカルと1965年の映画『サウンド・オブ・ミュージック』の原作になりました。

アドベント期間に、ミラベル広場(Mirabellplatz)の私たちのザルツブルク・クリスマスマーケットへどうやって来られるかは、下記をご覧ください。

サウンドオブミュージックは実話?

一部は実話です。トラップ一家、子どもの多い家庭に家庭教師としてやって来たマリア、家族の合唱団、そして1938年のオーストリアからの出国は、本当にあったことです。それ以外の多くは、映画が凝縮したり変えたりしています。もとになったのは、マリアが1949年にアメリカで出版した本『The Story of the Trapp Family Singers』(邦題『トラップ・ファミリー合唱団物語』)です。ドイツ語版は1952年に『Die Trapp-Familie. Vom Kloster zum Welterfolg』(トラップ一家:修道院から世界的成功へ)として出版されました。

1956年には、すでにドイツ語の映画『菩提樹』(原題:Die Trapp-Familie)が作られていました。ただ、この物語が世界中で知られるようになったのは、ブロードウェイ・ミュージカルと1965年のハリウッド映画からです。

映画と実話の違い:6つのポイント

  1. 子どもたち: ゲオルク・フォン・トラップには、最初の結婚で生まれた7人の子どもがいました。最初の妻アガーテは1922年に亡くなっています。マリアとの間にはさらに3人が生まれ、末っ子の息子ヨハネスは1939年にアメリカで生まれました。
  2. マリアが一家に来た理由: マリアは1920年代半ば、ノンベルク修道院から、病気の娘マリアの家庭教師として一家にやって来ました。子ども全員の家庭教師として一度に迎えられたわけではありません(アメリカ国立公文書館(U.S. National Archives)と、オーストリア音楽事典「Oesterreichisches Musiklexikon」による)。
  3. 結婚式: マリアとゲオルクは1927年11月26日、ノンベルク修道院の教会で結婚しました。出国の直前ではなく、その10年以上前のことです。
  4. お金: 1930年代初め、一家は取引銀行の破綻で財産の大部分を失いました(ザルツブルク観光局(Salzburg Tourismus)によると1934年)。のちに一家が人前で歌うようになったのは、それも理由のひとつです。
  5. 音楽: 1930年代半ばから合唱団を指導したのは、司祭のフランツ・ヴァスナー神父(Franz Wasner)です。映画には登場せず、その代わりに架空の人物マックス・デトワイラーが描かれています。
  6. 亡命: 1938年、一家は歩いて山を越えたのではなく、列車でイタリアへ向かいました。そこからアメリカへ渡り、トラップ・ファミリー合唱団(Trapp Family Singers)として知られるようになります。

1950年には、ザルツブルク音楽祭(Salzburger Festspiele)での公演のため、合唱団がもう一度この街に戻ってきました。

ノンベルク修道院:マリアが修道志願者となり、結婚式を挙げた場所

ノンベルク修道院は映画に登場し、同時に実際の物語の舞台でもあります。マリアは1924年、修道志願者(Postulantin)、つまり修道生活に入ることを志願する者として、このベネディクト会の女子修道院に入りました。そして1927年、修道院の教会でゲオルク・フォン・トラップと結婚しました。

修道院そのものは見学できませんが、教会には入れます。ザルツブルク観光局によると、教会は毎日6:45から日没まで開いていますが、礼拝中は見学できません(2026年10月28日時点)。冬は暗くなるのが早いので、訪問は午後に計画しましょう。ミラベル広場からは旧市街を抜けてノンベルクの坂を上り、徒歩で約20分です。

アイゲンのトラップ邸(Villa Trapp):2026年に見られるもの

2026年、トラップ邸(Villa Trapp)は見学できません。ザルツブルク州観光局(SalzburgerLand Tourismus)によると、現在はホテルとしての営業もガイドツアーもありません(2026年10月28日時点)。アイゲン(Aigen)地区にあるこの邸宅で、一家は1923年から暮らしていました。2008年から2021年までは、ガイドツアーのあるホテルでした。2022年からは、建物を所有する修道会が再び自ら「Haus Magnificat」として使っています。一部の予約サイトではまだホテルとして表示されていますが、これは古い情報です。

アドベント期間のトラップ一家ゆかりの地とロケ地

場所実話の舞台か、映画のロケ地か冬の様子
ノンベルク修道院両方教会は開いている。ザルツブルク観光局によると毎日日没まで
トラップ邸(アイゲン)実話の舞台ガイドツアーなし(2026年時点)
ミラベル庭園と「ドレミの歌」の階段映画のロケ地のみ自由に入れる
レオポルツクロン宮殿(Schloss Leopoldskron)映画のロケ地のみホテル。外から眺められる

冬のミラベル庭園で見られるものは、冬のミラベル庭園の記事で紹介しています。すべてのロケ地とサウンドオブミュージック博物館については冬のザルツブルクでサウンドオブミュージックのロケ地へ、ミラベル広場から出発するバスツアーについては12月のサウンドオブミュージック・ツアーをご覧ください。

12月の午後:ミラベル広場からノンベルクへ、そしてまた広場へ

ミラベル広場からミラベル庭園を抜け、ザルツァッハ川を渡り、旧市街を通ってノンベルクへ上ります。約20分です。修道院の教会を見たら同じ道を戻れば、暗くなるころにはまた私たちのマーケットに着きます。私たちのマーケットでは、アドベントの多くの日に17:15からミラベル宮殿(Schloss Mirabell)の前でアドベント音楽が演奏されます。日程はプログラムのページでご覧いただけます。

営業時間とアクセス

2026年11月19日から12月31日までの営業時間と、ミラベル広場へのアクセスは、インフォページでご覧いただけます。

営業時間とアクセスを見る →

トラップ一家がクリスマスにどんな歌を歌っていたかは、トラップ一家のクリスマスで紹介しています。

よくある質問

サウンドオブミュージックは実話?

一部は実話です。トラップ一家、マリア、家族の合唱団、1938年の出国は本当にあったことです。結婚式、亡命の方法、そして多くの細部は、映画で変えられています。

本物のトラップ一家の子どもは何人?

10人です。ゲオルク・フォン・トラップには最初の結婚で生まれた7人の子どもがいて、マリアとの間にさらに3人が生まれました。

トラップ一家は本当に山越えで亡命した?

いいえ。一家は1938年、列車でイタリアへ向かってオーストリアを離れ、そこからアメリカへ渡りました。

マリアとゲオルク・フォン・トラップが結婚した教会は?

ザルツブルクのノンベルク修道院の教会です。1927年11月26日のことです。

ザルツブルクのトラップ邸は見学できる?

現在はできません。ザルツブルク州観光局によると、邸宅ではホテルとしての営業もガイドツアーも行われていません(2026年10月28日時点)。

ノンベルク修道院は冬も訪ねられる?

修道院の教会は訪ねられます。ザルツブルク観光局によると、毎日6:45から日没まで開いていますが、礼拝中は除きます。修道院そのものには入れません。

出典

2026年10月28日に確認:ザルツブルク観光局(Salzburg Tourismus)、トラップ一家に関するプレスリリース「Chronology」とノンベルク修道院の紹介ページ · ザルツブルク州観光局(SalzburgerLand Tourismus)「Sound of Music: die wahre Geschichte der Familie Trapp」「Willkommen in der Villa Trapp」 · ザルツブルク大司教区(eds.at)、Villa Trapp(2022年6月2日) · アメリカ国立公文書館(U.S. National Archives)、Prologue Magazine(2005年冬号)「Movie vs. Reality: The Real Story of the von Trapp Family」 · Oesterreichisches Musiklexikon online「Trapp, Familie」 · Maria Augusta Trapp: The Story of the Trapp Family Singers, Lippincott 1949