ハムをはさんだラウゲンプレッツェル、その隣にシナモンシュガーのプレッツェル、グレーズをかけたチョコレートのプレッツェル。2025年のアドベント期間、ミラベル広場(Mirabellplatz)にある私たちのザルツブルク・クリスマスマーケットで、Alexander Reisingerのショーケースにはこんなプレッツェルが並んでいました。彼のクリスマスマーケットのプレッツェルの名前は、Salzburger Brezen(ザルツブルクのプレッツェル。Alexander Reisingerの店名でもある)。今では12種類あり、ザルツブルクで手づくりされています。始まりは1996年、大学広場(Universitätsplatz)のプレッツェルの屋台でした。プレッツェルの由来と、この屋台の背景をお話しします。
Salzburger Brezenとは? Salzburger Brezenは、Alexander Reisingerの会社、Salzburger Brezen GmbHのことです。1996年からザルツブルクで手づくりのプレッツェルを販売していて、今では12種類あります。アドベント期間には、ミラベル広場の私たちのクリスマスマーケットの屋台でも買えます。バイエルンとオーストリアでは、プレッツェル(Brezel)を「Breze」や「Brezen」と呼びます。
私たちのマーケットのすべての屋台は、下記からご覧いただけます。
Breze、Brezen、Brezel:ブレーツェル、ブレッツェル、プレッツェルの違い
Breze、Brezen、Brezelは、どれも同じパンのことです。日本ではプレッツェルのほか、ドイツ語の発音に近いブレッツェルやブレーツェルという表記も使われます。ドゥーデン(Duden)のドイツ語辞典によると、「die Breze」と「die Brezen」はバイエルンとオーストリアの言い方で、複数形はどちらも「die Brezen」です。「Brezn」という書き方もよく見かけます。たとえばオーストリアの農業省は、伝統食品の登録簿でこう書いています。
名前の歴史は古いものです。ドゥーデンによると、中高ドイツ語の「brēzel」と古高ドイツ語の「brezitella」を経て、おそらくラテン語の「brachium」(前腕)にさかのぼります。プレッツェルの形は、組み合わせた腕を思わせます。
プレッツェルの由来と歴史
確かなことは誰にもわかりません。農業省は登録簿(第221号「Laugenbrezel, Laugengebäck」=ラウゲンプレッツェル、ラウゲン生地のパン)で、次のような手がかりを挙げています。
- 最初の絵: プレッツェルが初めて描かれたのは、12世紀の「Hortus Deliciarum」です。アルザス地方のホーエンブルク修道院(Kloster Hohenburg)の修道女、ヘラート・フォン・ランツベルク(Herrad von Landsberg)による挿絵入りの写本です。
- 起源: おそらく古代ローマの輪の形のパンにさかのぼります。中世には、修道院で断食期間のパンとして広まり、その形は祈るときに組んだ腕を表すとされていました。
- 形: 最初は腕が1本だけで、数字の6に似た形でした。今のプレッツェルは、この1本腕のプレッツェルを2つつなげて生まれました。
- 焼く時期: かつてBreznは、復活祭前の40日間にしか焼かれませんでした。ほかの多くの行事のパンと違って、家庭で焼かれることはなく、いつもパン屋がつくっていました。
だからこそかもしれません。プレッツェルは14世紀の初めからパン職人の紋章で、それは今も変わりません。
ラウゲンプレッツェルについては、いくつもの話があります。ひとつは、1477年にウーラッハ(Urach)のパン職人が、太陽が3回透けて見えるパンを考え出したことで恩赦を受けたという話。もうひとつは、1839年にミュンヘンのパン職人が、砂糖水の代わりにうっかり水酸化ナトリウム溶液(ラウゲ)をプレッツェルに塗ってしまったという話です。農業省は、どちらもラウゲンプレッツェルの発明をめぐる「数多くの話」のひとつとして紹介しています。
ラウゲンプレッツェルと甘いプレッツェルの違い
ラウゲンプレッツェルは、焼く前に薄めた水酸化ナトリウム溶液にさっとくぐらせます。オーストリア食品規格書(Österreichisches Lebensmittelbuch)によると、2~6%の溶液が一般的です。溶液は焼いているあいだに中和され、栗色でつやのある薄い皮と、ラウゲン独特の風味が残ります。
成形にも違いがあります。バイエルンのプレッツェルは、生地のひもを均一な太さに伸ばします。シュヴァーベン地方のプレッツェルは真ん中を太くして「おなか」をつくり、焼く前にそこへ縦に切り込みを入れます。生地を結ぶときは、「Brezenwurf」(生地のひもを振ってくるりと結ぶ技)を使います。
でも、プレッツェルはラウゲンでなくてもかまいません。ドゥーデンは、プレッツェルを水酸化ナトリウム溶液にくぐらせた塩味の、「または甘い」パンと説明しています。Alexander Reisingerも、自分のプレッツェルをこう表現しています。「Von süss bis sauer!」(甘いものから、甘くないものまで!)
Salzburger Brezen:1996年、Alexander Reisingerの始まり
Salzburger Brezenの物語は、ザルツブルク旧市街の大学広場から始まります。Alexander Reisingerはウェブサイトでこう語っています。
「1996年5月、何か月も考えた末に、ザルツブルクの大学広場でプレッツェルの屋台を開くことに決めました!」
1996年7月、彼はそこでプレッツェルとアイスクリームの屋台を開きました。本人いわく「ちょっと素朴なやり方で」。その後、近郊のマーケットを回り、天候に左右されすぎないよう販売用のトレーラーを買い、最初の従業員を雇いました。今では、販売用トレーラーをそろえた自前の車両を持っています。
プレッツェルは「本物の手づくり」です。毎日、そのためにいつもより早く仕事を始めるパン屋で焼きたてをつくり、そのまま屋台へ届けています。会社によると、プレッツェルは「オーストリア全土の大きなイベントすべて」に出向いていて、Kirtag(教会の祝日にちなむ伝統的な縁日)や民俗祭、湖の祭り、村祭り、街の祭りのほか、バイエルンやイタリアにも出店しています。ちなみに、「ザルツブルク」独自のプレッツェルの形があるとは、どの資料にも書かれていません。名前は会社と、その街を表しているのです。
ミラベル広場の2軒の屋台:プレッツェル、Glühwein、ソーセージ
Alexander Reisingerは25年以上前から、アドベント期間にミラベル広場の私たちのマーケットに出店していて、今では屋台が2軒あります。
- プレッツェルの屋台では、Salzburger Brezenが12種類そろっています。
- 飲み物の屋台には、Glühwein(シナモン、クローブ、オレンジで香り付けしたホットワイン)とGlühmost(スパイス入りのホットシードル)、Orangenpunsch(オレンジジュースがベースのプンシュ)とKinderpunsch(子ども向けのノンアルコールのホットドリンク)、コーヒー、温かいソーセージがあります。
会社によると、今年の新しいことは「新しく飾りつけたクリスマスの屋台」です。Glühwein、Glühmost、プンシュの違いは、グリューワインとプンシュの違いで解説しています。Bauernkrapfen(伝統的な揚げ菓子パン)からKaspressknödel(チーズ入り焼き団子)まで、私たちのマーケットのほかの食べ物は、クリスマスマーケットの食べ物と飲み物で紹介しています。
どのプレッツェルにしますか? 屋台からのおすすめはこうです。「全種類のプレッツェルがいちばん。どれもほかよりおいしいから」
2軒の屋台について、写真も含めて詳しくは、出店者一覧のAlexander Reisingerのページをご覧ください。会社のウェブサイトはbrezen.comです。
私たちのマーケットのほかの屋台にも少し目を向けてみましょう。スキーを楽しんだその足で街に来たなら、Apres AllstarsでShotski(ショットスキー。スキー板に数個のショットグラスを並べ、みんなで同時に飲む道具)のお試しショットができます。詳しくはザルツブルクの街なかでアプレスキー(Après-Ski、スキーの後の集い)をご覧ください。スキー仲間へのおみやげを探しているなら、いくつもの屋台のアイデアをスキーヤーへのプレゼントにまとめています。
よくある質問
Alexander Reisingerの会社、Salzburger Brezen GmbHのことです。1996年から手づくりのプレッツェルを販売していて、今では12種類あります。大学広場や各地の祭り、そしてアドベント期間にはミラベル広場の私たちのマーケットで買えます。
12種類です。会社が2026年10月に私たちに送ってくれたアンケートにそう書かれています。2025年のアドベント期間に撮った私たちの写真では、ハムをはさんだラウゲンプレッツェル、シナモンシュガーのプレッツェル、チョコレートのプレッツェルなどがショーケースに並んでいます。
大学広場の、大学教会(Universitätskirche)のすぐ隣にあるSalzburger Brezenの屋台です。さらに会社は、オーストリア全土のKirtagや祭り、バイエルンやイタリアにも出店しています。
どれも正しい言い方です。ドゥーデンによると、「Breze」と「Brezen」はバイエルンとオーストリアの言い方で、「Brezel」は一般的な形です。Brezeの複数形はBrezenです。
オーストリア農業省の伝統食品登録簿によると、プレッツェルは14世紀の初めからパン職人の紋章です。その形は、祈るときに組んだ腕を表すとされていました。プレッツェルはいつもパン屋がつくり、家庭で焼かれることがなかったのが理由かもしれません。
バイエルンのプレッツェルは、生地のひもがどこも同じ太さです。シュヴァーベンのプレッツェルは真ん中が太く、焼く前にそこへ切り込みを入れるので、明るい色の筋ができます。
出典
2026年10月30日に確認:Salzburger Brezenのウェブサイト(歴史、会社、商品、マーケット) · Salzburger Brezenの出店者アンケート(2026年10月19日) · 当サイトのAlexander Reisingerの出店者ページ(2025年アドベント期間の写真つき) · オーストリア連邦農林・気候環境保護・地域・水資源省、伝統食品登録簿 第221号「Laugenbrezel, Laugengebäck」(引用元:オーストリア食品規格書、Codex第B18章) · ドゥーデン(Duden)オンライン版、項目「Brezel」「Breze」「Brezen」 · トビ・デッカート(Apres Allstars)からの情報、2026年10月30日 · 当サイトの営業時間とアクセス
